2019年 前半

◎ 令和元年6月 第271回例会  音羽三山報告

例会日:令和元年6月9日(日) 天気:晴れのち曇り

参加者:橋本、若宮、木綿、黒岡、西元、松尾 (敬称略)合計6名

 音羽山は、西に奈良盆地、東に宇田盆地、南に吉野川に挟まれた竜門山地北端に位置する。

 桜井駅より満員のコミュニティーバスで下居(おりい)下車。まずは、音羽観音寺に向かう。17丁の丁石が登坂の距離を教えてくれる。

 途中、いろんな花が咲いていて、その花の名前を確かめ合う。ホタルブクロ、シロヤマブキ、ブラシの木、とはいっても私には右から左に忘れてしまう。途中、人形の兄弟が迎えてくれるのが微笑ましい。7丁目で車道を離れて参詣道へ、無情橋を渡り、急坂を登ったところに最後の17丁の丁石がある。石段を登りきると音羽観音寺だ。後日談ですが、ここはNHKで紹介されている有名なお寺でした。最近では、5月26日に「やまと尼寺精進日記(皐月、竹青々と端午の節句)」で放送されていました。

 全く知らなかったが、可愛い人形が迎えてくれる雰囲気が温かく、どうぞお入り下さいの文字に甘えてちょっと立ち寄った。中は改修中で、本尊は拝めなかったが、千手観音の修復の様子が写真に記録されていた。すると何と甘納豆付きで薬草茶を振る舞ってくれ、地域の方々と尼寺が一体になってやっている活動の一端を話してくれた。すっかり癒やされて次の音羽山への登山に向かう事が出来た。

 ここからは、約300mの急登だ。登るにつれ、展望が開けてくる。満開のエゴの木の花びらが登山道に散っている。万葉展望台(標高718m)でしばしの休憩。 山間に談山神社の屋根、それに続く御破裂山、右手に畝傍山、遠方に金剛山から二上山に跨がるダイトレの山並みが美しい。ここから先は森林で眺望は望めなくなる。

 音羽山山頂(852m)で昼食後、記念撮影して次の経ヶ塚山へ向かう。ここには、古い石塔が一つ立っている。談山神社の鬼門除けのために経文が埋められたということで、それが経ヶ塚山の由来とのこと。

 3山の最後は、熊ヶ岳(904m)だ。途中灌木の合間からキリッとした姿を現わす。山頂は狭くクマザサで覆われているが眺望はない。記念写真の後、下山を急いだ。

 大峠に向かって歩く杉林の中は気持ちがいい森林浴だ。大峠では、女坂傳祥地という石柱が立っているが、由来はわからない。下山途中、卯の花、テイカカズラ、ウツギといった花が新緑に映えて美しい。川に架かった縄は、邪気を払う結界らしく神秘的であった。ゴールは不動延命の滝、滝の冷水で体を拭いてさっぱりしてバスを待つ。

 桜井駅前の白木屋で、ほどよい疲れと喉の渇きにビールが最高だった。

                             (松尾 記)

写真提供 西元さん

◎ 令和元年5月 第270回例会 小谷山、伊吹山 報告

例会日: 令和元年5月19日(日)~20日(月) 天気:曇り

参加者: 西元、橋本、松尾、黒岡 (敬称略)合計4名

 

  5月例会は、歴史とロマンの小谷山(小谷城跡)と湖北の百名山である伊吹

 山に登る、一泊二日の新元号になって最初の山行である。

  初日は、織田信長に滅ぼされた浅井家三代の居城跡が残る小谷山に登った。

 大阪から新快速で米原、次いで各停に乗り継ぎ「河毛駅」で下車。空全体を雲

 が覆っていて、強い風が吹く荒れ模様である。駅前には浅井長政とお市の方の

 銅像が設置され、その先に小谷山が見える。

  駅前を10時に出発し、東の方向に進んでいくと、北陸道の手前右手に「虎

 御前山登り口」が見えた。虎御前山へ登る予定はなかったが、折角の機会、小

 谷城攻めの織田軍の拠点を訪れることとした。石垣が残る山頂は、木下秀吉陣

 跡の石碑と、ここが最前線であったという立札があり、往時を偲ばせている。

  元の道に戻り30分程歩くと、小谷城跡へ続く追手道コースの登山口に至る。

 最初の曲輪の出丸跡から登りはじめ、次いで間柄峠を過ぎ、望笙峠で琵琶湖を

 眺めながら一休み。金吾丸跡を過ぎて間もなくの番所跡には、大きな絵図の看

 板が設置されており、小谷城が如何に大きな山城であったか分かる。更に、幾

 つかの曲輪を過ぎた先の桜馬場跡には、小谷城址碑、浅井氏家臣供養塔がある。

 この上がお江の生まれたとされる大広間跡で、「千畳敷き」とも呼ばれ、尾根

 を大きく切り開いた平地となっている。その先に石垣が積まれ、一段高くなっ

 ているのが本丸跡で、今はただ新緑の雑木林が佇むだけである。まさに芭蕉の

 「夏草や兵どもが夢の跡」の句が浮かぶ光景である。この後、中丸等の曲輪跡

 を通り抜け、最高点の山王丸跡を少し下り、清水谷への分岐の六坊跡に着く。

  六坊跡から10分程急な木段を登ると、岩尾から南東方向に伊吹山が雄姿を

 現す。強風が雲を飛ばしたのか、青空も見えてきて、気分も軽くなる。更に

 10分程登ると、小谷山(大獄城跡)に登頂(13時10分)。遅い昼食を摂

 り、琵琶湖方面の眺めを楽しんだ後、六坊跡まで戻り、右折して清水谷コース

 に入る。屋敷跡や、蛙岩、丸子岩などが点在する急坂を下っていくと、お市の

 方や三姉妹が暮らしたとされる御屋敷跡に着く。

  ここから川沿いになだらかな道を辿り、清水谷の入口にある「小谷城戦国歴

 史資料館」に至る。資料館で、館長から浅井三代や三姉妹などの詳しい説明を

 受け、本日の歴史のおさらいをした後、玄関前で記念撮影を済まし、河毛駅に

 戻った(15時50分)。その後、宿泊地の伊吹高原荘に移動して、自慢の薬

 草湯で疲れを癒し、天候の回復を祈りつつ、早々に就寝。

  二日目は、昨年の夏にバスを利用して登頂した伊吹山への登山である。昨日

 から吹き荒れる風は更に強まり、まるで台風並みの強風である。空は雲が厚く、

 上部はガスって見えないが、メンバーの誰からも中止の声なく、やる気十分で

 ある。高原荘のご主人に三合目まで送ってもらい、8時05分、登山開始。四

 合目から続く樹林帯が切れ、五合目に到着。激しい風に草木が靡いている。五

 合目からは、六合目の避難小屋ははっきり見えるが、七合目辺りから上はガス

 って見えない。オドリコソウや、黄色い花で囲まれた避難小屋を過ぎ、ガスが

 掛かる七合目辺りで、気温も下がってきたためレインウェアを着用。ガスで湿

 ってきた岩に注意しながら、九十九折をゆっくり登っていく。七合目を過ぎる

 と、下の景色は全く見えない。ガスが濃く、風が強くなる中を、八合目、九合

 目と高度を上げていく。九合目から山頂へはなだらかな道となるが、風は更に

 強くなる。視界もますます悪くなり、30mくらいしか見えない濃霧の中、ロ

 ープが張られた歩道を進んでいくと、突然目の前に山頂のお堂が現れた。

  お堂の裏の山頂標識に行き、伊吹山登頂を確認(10時)。吹きすさぶ暴風

 で身体が飛ばされるのに耐えながら、隣の日本武尊の石像をカメラに写す。

 その後、お堂の中で冷えた身体を休めたり、行動食を摂ったりした後、売店前

 で登ってきたカップルに写真を撮ってもらい、下山開始(10時30分)。

 一向に治まらない強風、濃霧の中、ストックを使って身体の安定を図りつつ、

 九合目、八合目、七合目と、滑らないよう注意して下山。七合目を過ぎるとガ

 スが切れ始め、下界の景色が見えてくる。明るくなった中、足を速めて、11

 時50分、三合目に戻った。帰りは登山道を二合目、一合目と下り、伊吹高原

 荘に帰着(12時35分)。やっと人心地ついて、ご主人、奥さんと談笑しな

 がら、今朝作ってもらった弁当とビールで昼食を摂った。雨は降らなかったも

 のの、厳しい天候の中での登山のため、山頂からのパノラマビューは楽しめな

 かったが、百名山の伊吹山を自分の足で登ったという満足感が得られた今回の

 登山だった。心地よい疲れを感じながら、無事に一泊二日の山行を終えられた

 ことに感謝しつつ、帰阪の途についた。

                            (黒岡 記)

写真提供 黒岡さん

小谷山(1日目)

伊吹山(2日目)

閲覧者コメント

コメント: 1
  • #1

    西谷 (水曜日, 29 5月 2019 19:06)

    1泊してからの登山は 余裕が生まれますね。
    写真4枚目:樹林帯を抜けると・・・、ちぐはぐな段差の階段を避け、わき道を歩く気持ちが分かります。
    伊吹山:余り標高の高くないスキー場というイメージでしたが 甘くないですね。
    ご無事の下山、お疲れさまでした。

◎ 平成31年4月 第269回例会 賤ヶ岳ウォーキング報告

 実施日:平成31年4月7日(日)

 集 合:北陸本線 木ノ本駅 10時30分

 参加者:西元、黒岡夫婦、橋本、若宮、澤村、松尾、阪江、木綿夫婦

     龍岩、津村、米田、藤原、高辻              15名

 コース:山麓(大音)30~賤ヶ岳山上駅10~賤ヶ岳45~

     大岩山35~余呉観光会館~余呉湖湖畔を散策20~JR余呉駅

 歩行時間:約2.5時間(休憩時間含まず)

 歩行距離:約5.0Km

 標高差 :約300m(大音付近の海抜:約120m

 

  今回は春の桜の季節 ウオーキングコースとして賤ヶ岳を歩いた。

  賤ヶ岳は 南に琵琶湖と竹生島、東に伊吹山、北に余呉湖を一望できる琵琶湖

  八景の一つである。戦国時代に羽柴秀吉と柴田勝家が覇権を争った「賤ヶ岳

  の戦い」の古戦場跡としても名高い。

   15人もの参加者が、3~4時間かけて集合地に集まった。木ノ本駅から山麓

    の大音迄のバス時間を読み違い エイヤと30分歩くことにした。途中には古

    社やお寺が歴史を刻み、又桜並木も美しく、さわやかなスタートであった。

   登山口からはロープウエイがあるが運休のため、その下を右に左に曲がり

  くねった急斜面の道を思いのほか悪戦苦闘し、橋本さんにリュックを預ける

  羽目になり日頃の運動不足を痛感した次第である。

   頂上からは 琵琶湖・余呉湖を眼下に廻りの山々が見えるが残念ながら霞

    んでボンヤリしておりいささか残念であった。山頂で昼食を拡げ一休みした。      稜線沿いに余呉湖畔まで下り道。途中の木々は昨年の台風の影響か根こそ

    ぎ倒れたものが散見された。古戦場跡故、首洗いの池や戦国武将の墓等、負け戦

  のわびしさが漂う感がした。

     ともあれ雨に祟られることなく余呉駅に辿り着けたのはラッキーであった。

  到着時間も1時間に1本の大阪直行列車の5分前に着き、良かった良かった。

   打上会は 大阪駅ガード下の居酒屋でワイワイガヤガヤと良くしゃべり、

    やっと我が家に帰り着いた。

       賤ヶ岳迄往復6時間余、山歩き4時間、飲み会2時間、計12時間の楽しい

  ひと時でした。皆さんお疲れ様でした。   

                           リーダー 高辻                       

写真提供 黒岡さん

 平成31年 3月 第268回例会「音羽山」は、天候不順のため中止

 

267回例会 高見山 例会報告

目的地:高見山(1248 m

実施日:平成31年2月10日(日)

集 合:近鉄大阪線榛原駅 9:10

参加者:6名 (若宮、橋本、松尾、黒岡、龍岩、西元)

コース:高見登山口バス停60~小峠20~平野分岐50~高見山35~

    平野分岐25~高見杉50~たかすみ温泉前

 

 所要時間:約5時間30分(10:001530

 

 歩行距離:約7.2km

 

 標高差:約782m(高見登山口付近の海抜:約466m)

 

 

  厳冬期に見られる美しい霧氷、霧氷が巨大化したエビの尻尾を求めて、

 「関西のマッターホルン」の愛称を持つ三角錐の鋭鋒、高見山に6名の元気シ

 ニアで出かけた。

 

  9時すぎに近鉄榛原駅から霧氷バスで高見登山口に10時前に到着し、登山

 準備にかかる。多くの登山客が同様に準備中だったが、慣れないスパッツ装着

 や急登に備えての服装調整に手間取り、ほぼしんがりの10:15から登山開

 始した。

 

  最初は旧伊勢街道の歩きやすいなだらかな登りだったが、多くのハイカーに

 道を譲りながらゆっくりと登り、小峠手前で滑りやすそうなためアイゼンを装

 着した。慣れない装着でうまく着けられないメンバーもいて、結構手間取り、

 いよいよほぼ最後位のようだ。

 

 小峠に11:35頃到着し、一服後に約20分の急登にかかる。アイゼンな

しのズック靴で登る女性ハイカーと軽口を交わしつつ、現れ始めた霧氷を楽し

みながら急坂を頑張って平野分岐に正午頃に到着した。

 

 この辺から積雪量が多くなり、霧氷に包まれた木々が一段と美しい。樹氷を

愛でながら急登を登り、国見岩、息子岩、揺岩を通って、南側に絶景が広がる

笛吹峠と順調に高度を上げて行く。多数の下山客と行きかいながら登るが、登

るにつれて霧氷が巨大化してゆき、目を見張る美しさである。途中から青空も

出て、霧氷と青空のコントラストも楽しい。頂上近くの霧氷のトンネルを抜け

て、13時すぎに山頂に到着した。

 

  山頂風裏で三峰山などのパノラマと巨大なエビの尻尾を楽しみつつ、昼食を

 摂ったが、最終バスに間に合うかやや心配になり、山頂で記念撮影後にそそく

 さと13;40から下山を開始した。

 

  アイゼンを着けていることもあり、急坂を走るように駆け下りて平野分岐ま

 で戻り、そこからたかすみ温泉に向けて長い階段状の下山道を下り、高見杉に

 14:40に到着した。ここでアイゼンを外し、一息入れたが、アイゼン外し

 は結果的に早計であったようで、そこからの下山道で凍結した場所があり、メ

 ンバーのほとんどが滑ってころぶ羽目になった。

 

  15:30すぎに霧氷バス乗り場のたかすみ温泉に無事到着し、15:50

 発のバスで近鉄榛原駅に帰着した。駅前のいつもの居酒屋で、本日の霧氷登山

 での健闘を讃合い、堪能した霧氷を肴ににぎやかに反省会を行い、ほろ酔いで

 帰路に就いた。

                               (西元記)

 

写真提供 黒岡さん

 266回例会 大和三山コース

 目的地:大和三山コース(畝傍山199 m ⇒香久山152m⇒耳成山139m

 実施日:平成31年1月13日(日)

 集 合:近鉄橿原神宮前駅 9:30

 参加者:10名

     赤松、木綿、黒岡、黒岡F、龍岩、西元、橋本、松尾、若宮、若宮F

 コース:橿原神宮前駅15~橿原神宮40~畝傍山30~神武天皇陵120

     天香久山50~藤原宮跡70~耳成山30~大和八木駅

 所要時間:約6時間30分(9301600

 歩行距離:約17km

 標高差:約120m(三山合計の標高差はおよそ270m)

 

 今年最初の例会は橿原神宮の初詣を兼ねて大和三山周遊コースを10人で歩い

 た。参加申込は10人だったが、前日夕方、風邪のためキャンセルとの電話があ

 り、年の初めが9人では今年はずっと苦労するのかなと思った。

  ところが、当日の朝、待ち合わせ場所に龍岩さんが救世主のごとく「びっく

 り参加」で現れ、10人のグループができた。駅前に全員が揃ったところで、

 各自適当に体をほぐしてからスタート。

  先ず、橿原神宮で、今年一年の安全を祈願してから、上記のコースを辿った。

 畝傍山の登りは山を巻くような道なので傾斜が緩やかでとても歩きやすい。

 途中で二上山、葛城山、金剛山を樹々の間から垣間見ることができた。畝傍山

 頂上には橿原神宮から40分で到着。ここで、生い茂っている木立の間から周囲

 の山や奈良盆地を眺めた。この日の第2座目、香久山は形が分かりにくいと思

 っていたが、橋本さんの説明で畝傍山の頂上からはっきりと認識できた。

  下りは登りとは別の道を選んだ。急傾斜のジグザグで、所々にはゴロゴロ岩

 があり、野性的な山道だった。急坂が終わると広々とした公園のようなところ

 に出た。そこでは黄色いロウバイの花が迎えてくれた。さらに平坦な道をしば

 らく歩いて神武天皇陵に到着。記念写真。

  神武天皇陵から香久山までの平地歩行が大変だった。柔かい土の道を歩いた

 後に舗装道路を歩くと、特にその硬さを感じるせいかもしれない。

  香久山山麓にある天岩戸神社の右手から山道に入り約20分も歩くと広い場所

 に出た。ここが頂上らしからぬ天香久山頂上。西側の展望は開けている。

 到着時刻は1315分。遅い昼食を摂った。1週間前の下見の時は食事中に冷えて

 きて、手がかじかんでしまったが、この日はこの時期にしては暖かく程よい気

 温だった。

  香久山の後は、藤原宮跡、耳成山(耳成山)、ゴールの大和八木駅へと歩く。 目標が目ではっきり見えるので有視界歩行できる。特に藤原宮跡は、広大な原

 っぱの中にポイントの柱が立っているだけなので、目標に向かって直線的に移

 動した。藤原宮に立つと、ここが大和三山の丁度真ん中辺りにあることがよく

 体感できた。香久山から藤原宮跡にかけては、万葉集や歴史に詳しい木綿さん

 に説明してもらった。

  この日の第3座目は耳成山。勾配が緩い巻き道と直登コースとがあるが、

 この日は直登を選んだ。すでにかなりの時間歩いているので疲れているはずだ

 が、みんな元気に一気にこの山を登ってしまった。頂上には木々が生い茂り、

 展望はなかった。

  日も傾きかけていたので一目散に下山し八木駅に向かい、全員元気でゴール

 の八木駅に到着した。ここで、引き続き駅前で恒例の反省会を10人が参加し

 て行った。                        (若宮記)

写真提供 黒岡さん